国語、算数、暮らしという教科はどうか

国語、算数、理科、社会。小中学校で習う主要な教科です。

理科と社会はやめて「暮らし」という教科が

あってもいいのではないかと思いました。

社会と理科が苦手でした。

社会と理科は暗記のテストが多く、

私は暗記が苦手だったからです。

理科も社会も、最初のうちは興味があったのですが

物理的な数式や化学記号、地理などの名称、歴史年表になると

暗記することが増えて一気に興味が失せました。

特に、中学校になってからは、暗記のオンパレード。

第3代将軍は 源□□とか、大化の改新は □年とか、

●●の公式を使ってこの問題を解けとか。

こういう覚え方は社会に出て全く役に立たないですよね。

役に立つとしたらクイズ番組を観てて正解するとか、

キャバクラとかで自慢して偉そうな気になれるくらい。

生活や仕事をしていて、そうだ、あの公式を使えばいいんだ!

なんて思ったことがありません。

今となっては、暗記が苦手だったことが理由で

社会・理科が嫌いになってしまったことが残念に思います。

旅行が大好きなので、いろいろな土地に行って

歴史を知らないことが悔やまれます。

大人になってから後悔しています。

戦争や差別、飢餓、貧困など、現代の社会問題を知ると、

もっとしておけば良かったと思っています。

食べ物や病気などの生活の暮らしにかかわることも同様です。

経済も同じです。歴史が分かれば文化が分かり、文化が分かれば、

人々の生活が見え、人々の生活が見えれば経済も見えてきます。

このように、暮らしというのは全てが関連していて

切り離すのは難しいはずなのですが、

教科というものに細分化し、教科の中でも更に細分化してしまう。

こういうぶつ切りの暗記が中心では、

想像力や発想力が弱くなってしまうのではないか

と感じています。

それではこの先の複雑な世界では生き残れません。

最近では体験学習が学習がフューチャーされています。

また、文理という考えに属さないリベラルアーツのような

学部を取り入れている大学も増えてきました。

いっそのこと、「暮らし」という教科を作って、

社会や理科、そして、それらが人との暮らしに

どう関連しているのかということを学ぶという

総合的な学習があってもいいのではないかと思っています。

暗記のテストは、試験問題を採点するのが楽なんでしょうね。。

PS 学校英語で「文型」を習いますが、あれは一体何のためでしょうかね。

アメリカ人に言ったら笑われましたよ。

だから日本人は英語が話せないんですね。

投稿者プロフィール

タロー
タロー
40代男性。IT自営業。テニスと家電が趣味。残りの半生、仕事と趣味を両立させて自分らしく生きようと思い、10年前に独立。もがきながらも自分らしく生きている気がする今日この頃。